大介のお絵描きブログ

お絵描きの練習過程とガジェットレビュー

最近びっくりするほど文字打ってなかったから、ブログサボってた期間~今までのお絵描き練習過程を纏めていく/1

お久しぶりです。大介です。

 

今回は6月だか7月だか忘れましたが、その辺りでヘラってから10月末現在まで、お絵描き関連でどんなことをしていたのか、その模索と練習の過程について少し纏めてみようと思います。

まず、この様に突然にブログの更新をする気になった理由について簡単に触れておきます。
というのも、最近になってお仕事が変わり、パソコンで文字を打つ機会が増えました。ちょっとしたお絵描き関係の職場で、他の人が見てもわかる様にレイヤー名ちゃんと入れようね、という程度の話なわけですが。
そこで気が付いたのですが、非常にミスタイプが多く、しかも何となくキー配置の記憶が朧気なんですね。
そういえば最近はお絵描きばかりで全く小説とか書いてなかったなぁ……なんてことに思い至り、そこから自身のこれまでを顧みると、「そういやまともにキーボード叩くのって小説書く時くらいだったな……」ということに気が付いてしまいました。
元々、キーボードのちゃんとした叩き方なんて知らず、古き時代の掲示板やチャットに住み着いて亜流で身体に染みつかせていた様な身です。ほーむぽじしょんって何?という感じ。
確かにお絵描きばかりしていると意外と文字入力ってしないし、元が曖昧なものなんて忘れていくよなぁ、と。因みに大介は趣味絵を描く時は全くレイヤー名入れないので、一か月後くらいにデータ開いたら、もうその絵は解読不能になっていると思います。
まあ、別にレイヤー名とか、ちょっとしたメールくらい、ミスタイプが多くてもすぐ打ち直せば問題ないのですが、それはそれとして、この時代にこの年齢で文字入力がおぼつかないのはだいぶ問題あるよなぁと感じたわけです。

そこで、何か恒常的に文字入力をする機会を作ろう、と考え、何かあるかなーと錆びつき始めた頭をのろのろ回転させたところ、「そういやブログなんてあったな……」と思い至ったわけです。
多分、すし打とかやるよりは幾らか生産的だと思うので、これから少しずつ更新していこうと思います。

 

 


まず、ヘラり始めた頃ですが、何だかんだでお絵描きの練習自体は休まず続けていました。
ただ、猛烈にやる気は起きなかったので、無理やりにでも手を動かす手段はないものか……と堕落しきった考えの下、一先ず辿り着いたのが、『教本のトレスをしてみる』というものでした。
余り頭を働かせたくない……ていうかそもそも何もしたくない……そんな感じだったので、極力頭を使わず、且つ、漠然と何か学べることがありそうな方法を考えた結果です。
取り敢えず、教本に描かれている絵や図を真似ていれば得られるものもあるだろう、でも模写までする気力はない、よっしゃトレスでもしてみるか。こんな感じですね。

 

その時の自分の絵の状況としては、半年ほど練習を重ねていく中で、少しずつ出来ないことが見え始めてきた時期だった様な気がします。
今年の上半期辺りに、出来ないなりに背景込みで絵を描いてみたり、人物に魅力が足りない様な気がしたのでポーズや表情を考えてみたり、そもそも描き方が自分に合ってないのかも知れないからと厚塗り擬きの描き方に手を出してみたり……何やかややっていた記憶があります。
『練習』というより『模索』の期間でした。
で、その模索を半年も続けていると、矢張り素人なりに見えてくることもあるわけで、少しずつ、その時の自分の『出来ないこと』が明確になっていくわけです。
それもまた素晴らしい進歩の一つと言えないわけですが、当時の自分の完成までの速度感を考えると、それらの課題=『出来ないこと』を触っていくのには限界があったわけです。
つまり、練習の為の『回転率』もまた、課題の一つとして立ちふさがっていたわけですね。
『教本のトレスをしてみよう』という発想は、その時のモチベーションの低さだけではなく、こういった経緯もあったのです。

また、あの辺りから9月くらいまでTwitterを開いていませんでしたが、この練習の様な『進捗を上げる必要のない練習』に着手してみたかった、なんていう経緯もあります。
まあ、毎日進捗をツイートする何ていうアホみたいな縛りを設けなければ、もっと早くに色んなアプローチを試せた様な気もしますが、その時の僕は一年間くらい練習のツイートを続けて記録を遺しておきたいとかいう下らない欲求に従って動いていたんですよね。
人間、大体は『出来ること』を好んでやろうとするので、『出来ないこと(今回であればお絵描き)』を無理やりにでも毎日続ける動機になっていたのも事実なので、一概に全て悪いとは言えないのですが、そうは言ってもデメリットの多い自縛だったかなぁという気はします。主にメンタルに悪い。

して、この『教本のトレス』の成果について触れていくと、正直、上達という目線ではかなり微妙だなぁという結論に至りました。
この練習を確か二週間くらい続けて、モチベも戻った頃に、また一枚、少し力を抜いてオリジナルの絵を描いてみたのですが、上達の感覚はなかったんですよね。そりゃそうですね。脳死で線なぞってただけだし。
しかし、その本でなぞった表情とか、髪のバランスとか、ポーズとか、身体全体のバランスの取り方とかは、ぼやっとイメージすることが出来たので、それを元に描き進めていった分、それまでより短時間で絵が形になりました。
この結果を受け、少しだけ考え方が変わりました。

 

「絵は思ってた以上に地力ゲーじゃなくて、知識ゲーだわ」

 

要するに音ゲーとかみたいに、『取り敢えずやり続けていれば伸びていく』っていうタイプのゲームバランスではないんじゃあないかと。
どっちかと言うと、知識や資料と照らし合わせつつ、発想をめぐらしていくノリの謎解きゲー寄りなんだな、と。

 

そこで少しスタンスを変えてみました。

 

当時、丁度『kindle unlimited』とかいう神サービスの存在を知ったばかりだった僕は、お絵描き関係の教本を取り敢えずで漁ったりしていました。
トレスしていた本も、このサービスで拾った本だったと記憶しています。
それまでは、『読むからにはしっかりと吸収していかないといけない』みたいな謎の義務感が働いて、細かく読んで、理解出来なかったら態々読み返したり(その時点でもう集中出来てないor理解する為の知識や経験が足りていない)、どうにか模写したりしていました。

 

本の内容を100%吸収してやろう、という、出来もしないことを考えていたわけです。気概だけは素晴らしいですね。馬鹿野郎。

 

しかし、上述の通り、実際は半端にただ本の線をなぞっていっただけでも、少しは内容を吸収して自身の絵に反映させることは出来たわけです。
先に言った『上達の感覚はなかった』というのはかなり曖昧な表現です。しかし事実。ていうか感覚ってなんだよ、という感じですね。
なので、感覚ではないこの練習の微妙だった点を挙げるのであれば、『綿密なインプットでなくとも、自身の絵に反映させていくことは可能なのに、態々、頭使わずにトレスするという時間の掛かることをして練習をした気になり、その実、インプットの回転率を大きく落としていた』です。

 

……なんか強めの言い方になってしまいましたが、模写までハードルを上げれば、勿論、練習としての意味は生まれてくると思います。
模写は、正しい対象を観察しながら、ここはこう……この辺にこれがあるからこれがここに来て……と読解を挟んだ上で、実際に描き起こしていく作業です。
『モノを見て描き写す』作業である模写と、『モノをそのままなぞる』作業であるトレスは、近いようで、上達という目線で考えた場合、アウトプットまでに挟まる過程が全く違ってくると思いますので、この手の練習をしたい場合は、模写を選択した方が良いと思います。
模写をしたことがある人は分かると思いますが、想像以上に、綺麗には真似出来ないんですよね。いっぱい間違って、いっぱい消して、いっぱい線を引き直します。
その際に、いっぱい考えて、いっぱい自分なりにバランスをとって、いっぱい解釈するわけで……この過程をしっかり呑み込むと、ここ進研ゼミでやったよなぁみたいなテンションで、自然と自身の絵に反映出来る様になるのかもなぁ、なんて思ったりします。目の前に資料がなくとも、自身のストックを参照出来る様になっていくというか。
勿論、資料を見る時も、『あの時はこういう風に解釈して描いたらバランスが取りやすくなった』みたいな考え方が出来る様になるので、目線が増えていくのではないかなぁと思ったりします。

 

……本題に戻ります。
あ。あと、練習としてはやや微妙だったトレスですが、普通に描く時には実用性の高い技術だと思います。完コピはよろしくないですが。

 

…………はい、本題に戻ります。
形はなんであれ、そもそも、新しいインプットと、それをアウトプットしたいという積極性があれば、絵に反映させることは可能なのですよね。
Twitterで流れてくる神絵を見て『あ!!!!この塗り方すこ!!!!やってみよう!!!!』とか『このきらっきらのふりかけいっぱいのお目めかわいい~~~~!!!!真似してみよー!!!!』とか思ったことある人なら分かると思うのですが、それです。100%は無理でも、何となく真似ることは出来るし、再現する為に工程を模索するわけです。その際に『あ、これええやん』と、全く関係ないやり方や表現が見つかることもあります。絵はこういうゲームなのかな、と。

 

つまり、インプットそのものは意外と雑でも活かせるというわけです。質より量です。いや、実際は詰めれば詰めていくだけ、質も重要になっていくのかも知れませんが、少なくともある程度の段階まで(何となく絵柄が固まって、作業工程も一貫する様になる段階に至れたら、そこが基準なんじゃないかなぁと想像してる)は、量優先のインプットをして、ピンときたところを真似ていく、というやり方の方が上達はしやすいのかなぁと感じた次第です。

 

そんなわけで、取り敢えず雑に読んで、虫食いの様に真似をする、というスタンスに切り替えていきました。

 

確か、これが7月下旬だか、8月上旬くらい?までの過程だった様な気がします。結構、迷走していましたね。

 

 

キリも良いし、疲れたし、ここで今回の記事は終わりです。
確か、これが7月下旬だか、8月上旬くらい?までの過程だった様な気がします。結構、迷走していましたね。